実に数年の月日が流れた。

『七夜』は全ての修行を完遂し、懐かしい故郷に足を踏み入れた。

「ほう、ここがお前の故郷か?『七夜』」

後ろから声がする。

「お前・・・こんな所まで来たのか『紅月』」

「愚問。妾はお主を手に入れると決めたからな」

「俺はそれに承諾したわけではない。何回も言っているだろう?俺には伴侶となるべき者がいると」

『七夜』は呆れ顔で後方にいる女性・・・この地方では珍しい黄金色の背中にまで届く髪、『ドレス』と本人が呼んでいた服装を身に纏った女性に声を掛ける。

彼女は人ではない。

『七夜』から見れば魔と呼ぶ類の者だ。

本人の言葉を全て信じれば、彼女は『月の王』と呼ばれるこの世界とは別の世界より現れた精霊体の一つらしい。

女性の姿を形作っているのはあくまでも偶然の産物との事らしいが・・・

では何故彼女が『七夜』に付きまとっているのかと言えば単刀直入に言ってしまえば欧州での修行の際、勢い余って殺してしまった。

更にその負い目に付け込まれる形で全快するまで世話をしていたら、その場の勢いで、『七夜』は彼女と肉体関係まで結びその結果、自らを『紅月』と名乗り、『七夜』に付き回っていた。

『七夜』としても勢い余って殺してしまった負い目もある為そう邪険には出来ない。

しかし、彼には沙夜と言う許婚もいる。

おいそれと肯く事は出来ない。

だが、これだけならまだましであった・・・今の状況に比べるなら。

「へえ、緑が多くて良い所ではないですか」

「まったくです。もっともここに鬼などがいなければの話ですが」

更に後方より二人の女性の声が聞こえた。

「姉上、見て下さい」

「本当ですねぇ〜あそこで私達の新生活が始まるんですねぇ〜」

「・・・(じーーーーー)」

「川魚は多いでしょうね。夢魔」

それに合わせてぞろぞろと言った具合に足音が聞こえてくる。

「はあ・・・お前らまで付いて来たのか?」

『七夜』はもはや諦めすら入り混じった口調で振り向く。

「「「「「当然です(わ)」」」」」

「・・・(こくん)」

当然の様に答える五人と無言で肯く一人。

そこには六人の女性がいる。

しかし、誰も彼も常人ではない。

一人は神の声を聞く事が出来る年若い聖女。

後の歴史において多大なる影響を与える宗教の中で聖母と呼ばれる事になる。

一人は正真正銘純血の鬼。

遠い未来、人と交わり『遠野』と呼ばれる様になった一族の姫。

二人は同じ日に生を受けた双子の姉妹。

体内に秘める力・・・霊力と呼ばれるものを『七夜』の一族と同じ様に持ち、妖や魔を討つ。

今でこそ彼女達には姓は無いが彼女達の子孫こそが後に退魔四家の一つ『巫浄』を形成していく事となった。

一人は『紅月』と同じく人では無い魔。

それも背丈は『七夜』の腰より低い幼い少女の姿をしている。

最後の一人は気の強そうな眼差しの少女。

更にその頭の回転力は彼の想像を絶している。

何でも十の擬似頭脳があるとの事だが・・・

そして彼女の子孫もまた後にアトラス院初代院長として錬金術師の基礎を築く事になる。

ここで繰り返すが『七夜』は決して女性を捕まえる為に修行に出たのではない。

あくまでも自らの技法の完成の為に世界各地を旅していた。

しかし現実としては、修行の腕試しの為各地で幻想種を打ち倒し、それに合わせる様に各地で女性が惹かれ、最終的にはこの様な結果となったのである。

この結果は彼にとっては極めて不本意である。

しかし、最も不本意であるのは彼ではなく・・・もはや書くまでも無い事であろうが・・・

「兄君様のばかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

里には泣き声交じりで『七夜』をなじる沙夜の声が数日間続いた。







俺が日本に着いたのは鳳明さんを家族に返してから二日後、もう夜だった。

「残り・・・四日か三日」

そう呟く。

時間もそう無い。

一日一日を大切にしないと・・・

俺は久しぶりにいつものバーに立ち寄った。

そしていつものカウンターに座り、いつもの様に薄い水割りを注文する。

「よう遠野」

そして何時の間にか隣にいつもの奴が座っている。

「なんだ、有彦呼んだ覚えが無いんだが」

「何言ってやがる。俺も来てくれだなんて頼んだ覚えはねえよ」

ケラケラ笑う。

俺は苦笑しながらいつものペースで水割りを飲む。

「それにしてもどうしたんだ?仕事でもないようだし」

「まあな・・・俺にだって気分転換で飲みたい時があるさ」

「そうか・・・まあ、深くは聞く気はねえけどな。あんまり考え込むなよ。お前昔からそう言った節あるからな」

そう言って有彦は美味そうにバーボンをストレートであおる。

「おいおい、お前こそ体いたわれ。そんな強い酒を一気に」

「何駆けつけ三杯なんざ、ざらだしな」

「知っているか?それ本気で体に悪いぞ」

溜息と共にそう言う。

しかし・・・やはりこいつとの会話は安らぐ。

鳳明さんとも別れた今俺が何もかもをさらけ出せる相手はこいつしかいない・・・

「さてと・・・」

「何だ?遠野もう帰るのか?」

「ああ、じゃあまた今度な」

「おお〜気をつけとけよ〜」







そして俺はゆっくりと歩きながら屋敷を目指す。

幸い門の鍵は開いていた。

重々しい音を立てて門は開かれる。

それから俺は玄関ではなく、中庭に未だひっそりと佇む離れに向かった。

かつて七夜志貴と呼ばれた少年が二年の間過ごした離れに入る。

まだ顔を出しにくい。

「・・・ふう・・・」

俺は布団を敷き、着替えてから布団に横になる。

「・・・もう時間も無い・・・」

最後にそう呟き俺は眼を閉じた。







『七夜』が帰還してから更に数年過ぎ去った。

帰還直後、約束通り『七夜』は沙夜と祝言を向かえ、晴れて二人は夫婦となった。

しかし、夫婦となったのは彼女一人ではなかった。

『七夜』が連れて来た・・・いや、強引に着いて来た・・・七人の女性、彼女達も『七夜』の妻となり共同生活を送る様になった。

毎日の様に賑やかな喧騒に包まれ何時しか彼女達は『八妃』と呼ばれるようになった。

そんな騒々しい生活に陰りが生じ始めた。

弟に不審な点が現れ始めた。

時折人が変わったように凶暴になる。

魔や妖だけでなく、人にまで危害を加えるようになった。

それだけではない。

先日里の近くの集落が『凶夜』によって住人皆殺しの憂き目にあった。

あまりの事態に里の者たちは総動員で『凶夜』を捕らえ、『七夜』が事情を聞く形となった。

「兄者・・・」

「一体どうしたと言うのだ?『凶夜』。ここ数日のお前の振る舞い俺には信じられん」

「兄者・・・俺の言葉信じてくれるか?」

「なんだ?」

暫しの沈黙の後弟は口を開いた。

「俺の中に魔がいる・・・」

「魔だと?憑かれたと言うのか??」

「違う・・・俺の中に・・・生まれた時より・・・」

そこまで言った時、『凶夜』の身に異変が起きた。

「あ・・・ああああ・・・が・・・がああああああ・・・あがあああああああ!!!」

突如舌を突き出し苦悶に喘ぎ始めた。

「どうした!!『凶夜』どうしたと言うのだ!!」




「叔父上・・・『凶夜』の様子は?」

医師でもある叔父が『凶夜』の自室より出てくると開口一番で『七夜』は弟の容態を尋ねる。

「今は落ち着いている」

「一体『凶夜』の身に何が・・・」

「その件で『七夜』、先代がお前を呼んでいる」

「父が??」
首を傾げながら『七夜』は父の元を訪れる。

「来たか・・・これでも飲め」

そう言って『七夜』に水を差し出す。

「では失礼して・・・」

それを一息に飲み干す。

「それはそうと先代・・・一体『凶夜』の身に何が・・・」

「それをこれから話そう」

そして父は語り始めた。

彼らが生れ落ちた時に受けた予言、それを拒み育てた事を。

暫くして新たな予言を受けた事も・・・

曰く、『この二人を生かせばこの時代だけではない、後々にまで災いが残り禍根が生み落とされ続ける。今からでも遅くは無い片方を殺めよ』

「結局その言葉は真実となった。奴の中には確かに魔が潜んでいる。そしてその魔は『凶夜』の力を使いこれから先も『凶夜』を苦しめるだろう・・・」

「では先代・・・『凶夜』をどうなされる気か?」

「・・・この事態を招いたのは全て私の責、私が手を下す」

「ま、待ってください!『凶夜』の魔だけを殺す事は・・・俺の眼ならば」

「いや、無理だ」

「何故!!」

「お前、『凶夜』の中に潜む魔を見極める事が出来たか?お前のその眼を持ってしても・・・」

「・・・・・・」

答えは沈黙だった。

『七夜』は弟より聞くまで、彼自身に巣食う魔など知る由も無かった。

「もはや魔と『凶夜』は完全に一心同体と呼んで良いほど。こうするより術は無いのだよ」

「で、ですが・・・!!」

更に言い募ろうとした時、不意に視界が霞みだした。

「ようやく効いて来たか・・・」

「な、何を・・・!!さ、先ほどの水に・・・」

「有無、痺れ薬をな・・・案ずるな。直ぐに効果は切れる。『凶夜』を私が殺め終える頃には・・・」

「お、お待ちくだ・・・」

「もう待てぬのだ・・・『七夜』、恨むなら私を恨め・・・」

意識が暗転する。

これが親子の最後の会話だった。

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